上牧製作所日誌

たまにつれづれ

IGBTとSiCを同列に扱うのはおかしい

最近,ネットではよくこんなのを目にします.

「〇〇系はIGBTなの?SiCなの?」

先に結論を言えば,IGBTとSiCは同じ次元で扱えるものではありません.
SNSなどアマチュアの発信ならともかく,商業記事でも理解しているのかしてないのか分からないような記事もあります*1
今日はこの話題について書こうと思います.

IGBTは絶縁ゲートバイポーラトランジスタ,つまり素子のことです.
サイリスタGTO...これらも皆素子です.
もっと平たく言えば,部品です.鉄道で言えば,車輪,台車...みたいな感じ.

これに対し,SiCはシリコンカーバイド,炭化ケイ素のことですが,これは材料です.
材料ですよ.鉄とかプラスチックとかと同じ,材料の名前です.

ここで皆さんに問いたいのは,部品と材料は横並びですか?ということ.
例えば走り装置の種類として,車輪,タイヤ,プラスチック,とか書いてあると,は?ってなりませんか.プラスチックは材料だろ,部品じゃねえ,と.
書いた人頭おかしいんじゃない?ってなると思います.

でも,制御機器ではこの勘違いが平然と続いています.
抵抗制御サイリスタに始まり,VVVFGTOIGBT,SiC...は?

どうですか?は?ってなりましたか?
私はなります.大学で半導体を専攻した身としては大変気持ち悪いです.
ネット上でこれは東急5000系じゃない5050系だ,とか言ったその口で,SiCはIGBTよりうんだらかんだら...というのを良く目にしますが,見ているこっちが恥ずかしくなります.

SiCは材料であって素子ではないのです.
SiCは半導体の材料に過ぎません.SiCで現在最も普及している素子がFET(電界効果トランジスタ)であることは皆様もご存知かと思いますが,SiCのIGBTも存在します.
ただし鉄道では採用されないので,事実上SiC=次世代半導体素子という構図が出来上がってしまっているのです.

SiCはSiに比べ,絶縁破壊耐圧を10倍程度とることができ*2,これによってIGBTのような少数キャリアデバイスでなくとも,高耐圧を得ることが出来ます.
これにより,FETなどの多数キャリアデバイスで高耐圧を実現することができ,より高速に低オン抵抗でスイッチングすることが出来ます.
つまり,実はIGBTはそんなに優秀な素子ではなく,高耐圧と引き換えに他の色々な性能を犠牲にしている,ということです.ゆえにSi-IGBTはSiC-FET等に取って代わられつつあるというわけです.既にE235系など,実際にSiC-FETを導入した例が出てきているのは既知の通りです*3

余談にはなりますが,SiがSiCになったからと言って音がまるっきり変わるということはありません.恐らく,インバータのプログラムが同じなら同じ音が鳴ります.素子毎に最適なスイッチング周期が異なり,それによってプログラムも変更されるため,SiとSiCでは音が違うという誤解が生まれるのだと思います.

因みにFETではIGBTと比較してより高周波を実現できるため,結果的にSiC-FETの素子を採用した車両が,従来車と比較してより高い周波数になる傾向はありそうですが,その推測自体はあまり意味を持ちません.結局,音でSiCかそうでないかを判断するのはナンセンスです.

以上のことから,GTOIGBTとSiCは同列ではないことがお分かり頂けたかと思います.
鉄オタは変なところは厳密なのに,ここはどうでも良いのかな,と思うと,ちょっと情けないし恥ずかしいので,この間違った認識が少しでも減ればいいな,と思います.

 

追記:

ぼくは阪急8000系VVVF音がすきです(KONAMI)

 

0730追記:
一部からFETではなくMOSFETだ,という声が上がっていますので補足します.
確かにMOSFETが正解です.MOSFETMOSは,Metal-Oxide-Semiconductor,直訳すれば金属酸化物半導体です.要は素材の構成を表しているのですが,数種類あるFETという素子のうちの一種という点では素子名でもあります.おそらく,鉄道用途は全て(SiC-)MOSFETです.このような所謂パワエレ用途のMOSFETは,一般的にパワーMOSFETという呼ばれ方もします.

ただし,このエントリの趣旨はそこではなく,IGBTに対する単語としてFETを用いているので,この点に関してはご理解下さい.

 

ついでなのでフルSiCとハイブリッドSiCの違いも軽く触れておきます.
インバータを構成する主要な半導体素子は,実は2種類あります.一つはおなじみのIGBTやFETといったスイッチング素子ですが,もう一つはダイオードという部品です.
ダイオードは整流器のことで,電流が逆流することを防ぐ半導体素子です.ダイオードはスイッチング素子より構造が簡単なので,SiC製のものが比較的早く実用化されました.このため,ダイオードのみがSiC化されたインバータがハイブリッドSiCと呼ばれます.SiCの素子とSiの素子のハイブリッド構成というわけです.一方,ダイオードとスイッチング素子の両方がSiC化されたインバータがフルSiCです.フルSiCは現在最先端の構成で,上述のようにE235系などの最新車両で導入が始まっています.

 

さらに追記:
一部ではIGBTとSiCを同列の単語として扱っている論文もあります*4.これは筆者が混同しているわけではなく,半導体技術のハイライトキーワードとして使用しているためです.専門家が見ればこれらの言わんとする事は明らかであり,然るべき場ではこれでも全く問題ないので,こういう使われ方をしています.半導体のはの字も知らない方々には誤解のもとになる表現だと思いますが,ここまで読んで下さったあなたにはきっと区別がつくでしょう.半導体は大学の電気電子コースなどで学ぶことができます(唐突な自専攻の勧誘).これから大学に入ろうとする方は検討してみては如何でしょうか.